Ossan's Dream

エッセイ集

ゼッケン14〜2007年・青森スポレクの思い出〜
ゼッケン14

神奈川県代表のゼッケンです。全国スポレクは、個人としての参加ではなく、県単位での参加。その証拠が、このゼッケンに表れています。

 地元の地区の駅伝大会は、毎年出ていますが、地区のうちのさらに小さな自治会の代表です(笑)。昨年の1月に、初めて市内駅伝大会の、地区代表(人数が足りないので人数合わせ)になりました。でも、『たかが市内大会の地区代表』。もちろん、今年からは出られません(おじさんはもう走れないのです。人数が揃ったら。真面目な駅伝なので)。

 小・中学校、高校のときは、もちろん一度としてクラス代表などなったことはありません。リレーなんて、学校レベルでさえ、やったことがなかったのです。超鈍足・運動音痴でしたから。それが、陸上を始めて1年で、いきなり【神奈川代表】となったわけです。シンデレラストーリー?

 青森の宿舎で、夜、監督から渡されたゼッケン。それがこの【14番】。その重さ。全日本マスターズと比べれば小さな大会ですが、それでも県代表です。寝る前に、ランシャツに丁寧にゼッケンをつけながら、ずっとその14、という数字を見ていました。

 でも不思議なんです。大会当日から3日間、このゼッケンを重いなんて感じなかったのです。それどころか、身につけた瞬間から、力が湧き出てくるのを感じました。足は完全ではありません(1ヶ月前に故障していた)。リレーは初めてです。アップ中は体調もよくなかったのに、いざレースとなり、ゼッケンを付けたら、あれあれ?という感じで、体がとても軽くなったのです。リレーの時はまさに絶好調。400m走っても全く疲れず、4*100mでは、飛んでいました。私は、アドレナリンが目一杯出ているときは、声が出ます。4*100mリレーのときの声の大きかったこと!ゴール後の雄叫びの凄かったこと!ここまでできた自分が信じられませんでした。

 でも、今思うと分かるんです。

スポーツで、今まで、人に託されたこと、ないんですよ。ある訳ない。(あ、仕事や私生活ではいつもたくさんの人に頼られますが)。
でも、『世界の』N村さんから、スウエーデンリレーで「お願いね」とバトンを託されたとき、こんなただのおっさんである自分が、N村さんを含め、日本の頂点の人たちと同じところにいることを、この上ない幸福だと思えたのです。
「今、俺はみんなと一緒に、ここにいるんだ!」
この幸福感が、私を思い切り走らせてくれたのです。

【ゼッケン14】

★しばらくは、身に付けることはできませんが、この経験は、本当に大きな意味がありました。どうやら、私は背負うものが大きいほど、頑張るようです。(これは、私を古くから知っている人はみんな納得するかも?)

★次の夢、、、それはもちろん、

【JAPAN】

のユニフォームで、世界で戦うことです。果てしなく遠い夢?ですよね!
でも、私、夢は全部叶える人です。何十年か先、いえ、早ければ数年先、自分が日本代表になり、トラックに立っている姿を夢見て、これからも努力して行こうと思っています。


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